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「魂の輝きなくして、生命は終わりを迎えぬ」

灰の雪が降り積もる街に屹立する工場があった。飾られるための人形を造る/創る工場が。そんな工場の一角に人の子や人ならざる者が、『人形』として展示されているとか。

Freesia

某日晩御飯を食べながら機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズを視聴。

第40話「燃ゆる太陽に照らされて」

前話39話やエンディングを見て、ああ……と思ったことが形になった回だった。鉄血に関してはストーリーが終わりを迎えてからまた一から観直して考えたい部分が多い。W、00に続き久々にドップリ観ているガンダム。感想はまたいずれ、気が向いた時に。
でもこれだけは。オルガがまだ涙を流せてよかった。まだ、涙を流すことができるのだ。切にそう思った。願わくば、ずっとそうであってほしい。しかし永遠などないのだ。生きている限り。

人はなぜ死に涙するのか。

哀しいからなのか、虚しいからなのか。
歳を重ねるたびに涙腺が弱くなったと感じるときがある。驚きなのが、予想し得る出来事を受けて泣くことが増えたことだ。突発的な衝撃で涙するわけではないのだ。しかし、涙の理由はよく分からない。そもそもなぜ人は泣くのだろうか。玉ねぎを切っているときに流れる涙と感情の振り子が振り切れたときに流れる涙はどう違うのだろうか。きっと理論で解決される命題ではないのだろう。理屈じゃ語れないのが感情であり、心なのだから。涙の成分は、悲しいだとか嬉しいだとか悔しいだとか一つの形容詞に収まるものではないのだ。

フリージアは花の色によって、花言葉が変わってくる。まるで心のようだ。

オルガ・イツカの涙に、祈りを。
兄と慕った男が、死を以って彼の首を絞める亡霊にならないことを、ただ願うばかりである。
紫のフリージアを添えて。